2007年6月、日本語学院教会は山形に講演会のために来ました。

山形に赴任してから3カ月ほどたった時でした。

私は宣教地に対するビジョンと希望で胸いっぱいの時でした。。

私の記憶ではその時、日本語学院教会から10人が来ました。ついに講演会が始まったのですが、参加者は私の家族3人、講演会のために来た10人、教会員3人、求道者4人でした。

私の記憶ではそうです。

その中に、今まで教会の指導者として山形教会を守ってきたツキオカさんも含まれていました。

個人的に奉仕のためにきたチームの皆さんには申し訳ない気持ちでした。(これは人間的な思い)

でも、今振り返ってみると、その時は私の宣教師としての本当に貴重な使役の出発点となったと思います。

山形教会の現状を把握できる良い機会になったことと、私が今から何をすべきかを教えてくれたよい講演会になったと思います。

昨夜講演会を始めました。

最初の講演会と比べて、今は奇跡を経験しているのではないかなという嬉しい気持ちです。

講演会が始まる1時間前

教会員が一人、二人来始めました。そして各自が何をしたらいいかを考えました。

仕事を終え、1時間以上のかかる距離を運転してきた方もいます。(3年前は考えられないことでした。)91歳の執事さんが2kmもなる距離を歩いて来られました。

教会の指導者だったツキオカさんは病院に入院していますが、ほかの教会員たちは協力し合って講演会のために準備していました。

うちの教会員たちははっきり言って、3年前、私が初めに会った時より年をとっています。しかし心は10年も若くなっていると思います。

昨日の講演会に求道者たちが多く来たので嬉しかったよりは、うちの教会員たちが教会のための熱情をもっていることをみたのでもっと感激したのでした。

講演会が始まる前私は家内にこう言いました。

「御霊の風が吹いている感じじゃない。」

ツキオカさんの協力なしでは何もできなかった教会が確かに変わっていました。

そして平日には福祉施設を回りながらミニコンサートをし、その時に出会った福祉施設の職員たちが教会を訪ね、み言葉を聞きました。

神様は生きておられます。その方はうちの教会員たちの心に働きかけておられ、この山形教会でリバイバルを起こし、この山形地、また日本列島でお働きになります。